歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」が大阪・中座、東京は歌舞伎座で同時公演され、東西の型など評判になっている。役者の数、舞台の広さ、客席のジワ（熱気）は東京が勝るが、上方役者をそろえた中座のチームワークの良さも見逃せない。

 

　「忠臣蔵」がなぜ受けるかについてある人は、日本人の心に、不正に対する憎しみを長く持ち続けるスペイン主義があるからだと説いた。なるほど鴈治郎や仁左衛門らはいい意味で古風で、師直への怒りや判官への同情を心底身につけており、その純度が舞台の活気となり、たんなる芸の伝承に終わっていない。

　口上人形を使った大序は、中座が大手笹瀬、歌舞伎座は定式幕で幕を開ける。出演者も人形身で顔を上げ、悲劇開幕の荘重さがただよう。鴈治郎の師直はかねてきらいな役ながら立派な大敵で、憎らしさ、しつこさ十分。陽性の松緑の方は腕白めいている。若狭之助は延若の気鋭、羽左衛門は朗々とした口せきで、すがすがしい。彼をまずたしなめる仁左衛門の判官（東京は梅幸）は、気品に満ちて哀れ深い。進物場の伴内は、中座の璃珏が達者で、特異なマスクとともに結構な三枚目。東京は道行きに又五郎が出て、これも重宝に使われている。　刃傷、切腹、城明け渡しと、上方流はテンポが速い。かけつける鴈治郎の大星に「汝にカターミ」と短刀を渡すところ、仁左衛門はそこを強調する。このあとの大星は、東京昼の部の幸四郎が、どっしりと落ち着いている。顔世を東京は芝翫、中座は秀太郎だが、後者に若さと美しいカゲが流れ、この場の高貴ないたましさを引き立たせた。

勘平、おかるの道行きは、東京が勘三郎、梅幸のイキの合ったコンビで、景事風に昼を明るく打ち出す。中座は延若、扇雀で、こちらは自責に苦しむ二人の表情を見せ、次の段につなぐ。

　山崎街道から勘平腹切りの場面は、東西演出のちがいが濃厚だが、筋運びはどちらもリアル。ただその中に東京は、音羽屋型の完成された派手さが目立つ。延若の勘平は小流れで足を洗い、ふだん着のままで、紋服に着替える勘三郎よりわびしい山家のたたずまいが出ている。しかし客席に背を向けての割腹と、二人侍が与市兵衛の傷あとを調べるのとがほとんど同時で、ここは東京風に一呼吸置きたい。勘平の住家を教える子守も、中座では登場するが、この捨て石めいた間（ま）のやわらかさは関西独特。定九郎を二枚目に仕立てたのは歌舞伎の面白さで、東の海老蔵にはその花があり、西の我当は悪の野性味を濃く出した。

　夜の部は中座が一力茶屋、九段目と見ごたえのある場が続く。鴈治郎の大星は昼夜の健闘だが、後半やや息切れ。東京は松緑で、遊びの中にリンとしたところを見せた。歌右衛門のおかるがこの人らしい大熱演、中座の扇雀はなまめかしさとともに、武士の妻女の気持ちを失っていない。テキパキした延若の平右衛門、幸四郎は兄妹の問答のあと、しばし深思して「かわいや妹･･･」というところが真に迫った。

　九段目は仁左衛門が初役の本蔵で、壮年のつくり。扇雀の戸無瀬も若々しいが、お石（徳三郎）とかけ合うけなげさが多少力みすぎ。チョボは総体に東京がいいが、ここらは関西も力演だ。

　全段を通して、中座は寿美蔵の源六、雛助のお才、東京は権十郎の薬師寺、我童のお才、それに討ち入りの富十郎の平八郎がいずれもぴったり役にはまっていた＝両座とも25日まで。　（山）

（写真）右・判官切腹の場の判官（片岡仁左衛門、右）と大星由良之助（中村鴈治郎）＝中座　　　左・一力茶屋の場の大星由良之助（尾上松緑）とおかる（中村歌右衛門）＝歌舞伎座